小児外科医 松永正訓その頃、私はまだ20代で、徹夜続きでも平気で働ける体力がありました。冬のある夜、当直をしていると産院から電話がかかってきました。
生後3日の赤ちゃんが全身チアノーゼでぐったりと元気がなく、お腹(なか)がぱんぱんに張っているという緊急連絡でした。私は「救急車で赤ちゃんを送ってください」とお願いしました。
時間の猶予はない しかし、父親は…
運ばれてきた赤ちゃんはショック状態でした。すぐに点滴を入れて急速に輸液をしました。急きょお腹のX線写真を撮影すると、消化管から漏れた空気でお腹全体が膨れ上がっていました。こういう病気は一つしかありません。
それは新生児胃破裂です。原因は不明ですが、生まれて数日経(た)った赤ちゃんの胃が突然裂けてしまう病気です。
赤ちゃんにモニターを付けて、点滴のラインを2本に増やし、膀胱(ぼうこう)の中に管を入れて尿がどのくらい出てくるかをチェックしました。
人間はショック状態に陥ると、尿が出なくなります。そういう状態では手術はできません。大量に輸液して尿が出始めたら手術しようと考えたのです。
血液検査の結果を見ると、赤ちゃんはひどい貧血でした。裂けた胃から出血しているのです。すかさず輸血も始めました。やがて、赤ちゃんの血圧は少しずつ上昇し始めました。あと1時間くらいすれば、手術まで持っていけるかもしれません。そのとき、赤ちゃんの父親が処置室に現れました。
父親は赤ちゃんを見ると開口一番、こう叫びました。
「今すぐ輸血をやめてください!」
何を言われたのか、私はまったく分かりませんでした。のんびりしている時間はありませんので、赤ちゃんの状態と今行っている治療の内容を早口で説明しました。それでも、父親は輸血をやめろと繰り返し言います。私はもしやと思い、尋ねました。
「それは宗教的な理由ですか?」
父親はゆっくりとうなずきました。
「輸血はすぐにやめてください」内科医の言葉に呆れ、感情的に…
輸血をやめれば、この赤ちゃんは命を失います。親は宗教に入信しているかもしれませんが、生まれて3日の赤ちゃんはまだ自分の宗教を持っていないはずです。それにもかかわらず、親が子どもの輸血を拒否することは許されるのでしょうか?
私と父親は、処置室でにらみ合いになりました。すると、父親はこの病院の内科にいとこの医師がいると言います。それは好都合です。
私はその医師に父親を説得してもらおうと思い、連絡を入れました。偶然にも、その医師はまだ帰宅しておらず、院内にいました。私は「すぐに小児外科病棟に来てください」とお願いしました。
ところが、内科の医師は処置室に入ってくるなり、「輸血はすぐにやめてください」と言いました。その医師も同じ宗教の信者だったのです。
私は呆(あき)れるやら、頭に血が上るやらで感情的になりました。父親と内科医を処置室の外へ出し、赤ちゃんの治療を続けました。
尿が1滴、2滴と出たところで、父親に手術承諾書へのサインを求めました。父親はサインを渋るそぶりを見せましたが、私は「手術中に輸血はしません!」と大きな声を出しました。そして赤ちゃんを手術室に運びました。
引用元: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180909-00010000-yomidr-sctch
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