小児外科医 松永正訓
産院から私たちの病院へ緊急の電話が入ったのは、日が落ちた夕刻でした。産科の先生は慌てた様子で、「赤ちゃんのお腹(なか)から腸が飛び出している」と言います。私たちは、「滅菌された布で赤ちゃんを覆って、すぐに救急車で搬送してください」とお願いしました。
複雑な奇形「総排泄腔外反」
新生児集中治療室(NICU)で赤ちゃんの姿をよく観察すると、まず、 臍帯(さいたい)(へその緒)の部分から羊膜に覆われた腸が飛び出ています。大きさは子どもの頭くらいです。これは臍帯ヘルニアという状態です。
そして臍帯ヘルニアのすぐ下方には、赤い粘膜がむき出しになっています。これは 膀胱(ぼうこう)粘膜です。膀胱が体の外に飛び出し、さらに二つに割れて粘膜面が見えているのです。これを膀胱外反と言います。
さらに、膀胱粘膜の中央には小さな穴が見えており、そこから胎便がにじみ出ています。小腸が膀胱につながっているのです。これは、膀胱腸裂という病名になります。そして、おしりを見ると肛門がありません。これは鎖肛(さこう)という状態です。外性器も全くありませんから、男女の性別もつきません。
こうした複雑な奇形を全てまとめて「 総排泄腔外反(そうはいせつくうがいはん)」と言います。
しかしこの赤ちゃんは、総排泄腔外反だけではありませんでした。背中には半透明な色調をした 瘤(こぶ )があります。これは脊髄髄膜瘤です。二分脊椎とも言います。皮膚が裂け、割れた背骨から脊髄神経がはみ出しているのです。
総排泄腔外反は、こうして脊髄髄膜瘤を伴うことが比較的多いのです。
尿道や肛門を作することはほぼ不可能、小児外科医にとって最も困難
外科的に治すことは極めて困難です。臍帯から飛び出ている腸は手術でお腹の中に納めることが可能ですが、尿道を作ったり、肛門を作ったりすることはほぼ不可能です。もし、造ることができても、
脊髄髄膜瘤の赤ちゃんは下半身に麻痺が残りますので、自力で排便や排尿をすることは困難です。歩くこともできないかもしれません。男女の区別は染色体検査で決定しますが、外性器を作るのは至難の業です。
このように、脊髄髄膜瘤を伴う総排泄腔外反は、小児外科医にとって最も難しい奇形です。命を救ってもその後の人生があまりに過酷なため、1970年代のイギリスでは、こうした赤ちゃんに対して手術をすべきか、医師同士で激しい議論になりました。議論は平行線をたどり、ある医師は「手術して救命することはあまりにも残酷なので『選択的治療停止』を決断すべきだ」と主張しました。
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引用元: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180812-00010000-yomidr-sctch
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