横浜市の大口病院(現・横浜はじめ病院)で、入院患者2人が薬物を投与されて殺害された連続点滴中毒死事件で、神奈川県警に逮捕された久保木愛弓(あゆみ)容疑者(31)は、数度にわたり本紙記者の取材に応じていた。
記者に無実を切実に訴えた様子は、インターネット上などで指摘されている人物像と乖離(かいり)している。久保木容疑者の行動の背景には何があるのか。容疑者をめぐる謎はなお多い。
事件発覚から1年がたった昨年9月中旬。大口病院をめぐる報道は小康状態となり、一時期、横浜市鶴見区のアパートを囲んでいた報道陣もすでに消えていた時期だ。蒸し暑い夕方、久保木容疑者は財布のようなものを手に、白い半袖のシャツに黒地のズボンという軽装で自宅の玄関を出た。
久保木容疑者は記者の質問に、長く立ち止まって応えるなど、誠実な様子を見せた。言葉遣いは丁寧で、話す内容も筋が通っていた。ただ、声には覇気がなく、弱々しかった。
「精神的につらいです。薬を飲んでいるんですが、なかなか良くならなくて…」。久保木容疑者はそう言い残し、家と反対の方角に消えていった。
■涙目で「無実」訴え
翌日午前11時ごろ、玄関のドアに備え付けられているポストに、連絡がほしいと書いた手紙を入れると、約10分後、番号非通知で着信があった。直接会って話をしたいと伝えると「今日は会えません」と拒否。食い下がると「玄関のドアにU字ロックをかけた上でなら会ってもいい」という。
ドアの20センチほどの隙間から、上下黒のスエットのような服装の久保木容疑者が見えた。玄関内の照明はつけられず、薄暗いままだった。部屋の中からは芳香剤のようなにおいに混じり、人の生活のにおいのようなものが漂ってきた。
「私じゃないのに、疑われてとても悲しい」。久保木容疑者は犯人と疑われていることについて、こう話した。目は涙で潤んでいた。その印象は殺人の容疑者とはかけ離れ、ありふれた30歳前後の女性だった。
記者が食事に誘うと、「いまはおなかがいっぱいです」と拒否。距離を詰めようと、「今度カラオケ行きませんか」と冗談めかしてみると、「私、歌うのが苦手なんで…」と話しつつ、表情を緩めていた。
■「看護部長」に反応
顔色が変わったのは、元看護部長との関係を尋ねたときだ。元看護部長の名前を挙げると、久保木容疑者は「え…」と発し、息をのんだのが分かった。
病院内での人間関係やトラブルの有無を尋ねると、「看護部長は看護師たちをランク付けして、気に入った子とそうでない子の扱いが極端だった。そういうのってよくないですよね」と不平を口にした。
久保木容疑者がどう「ランク付け」されていたのか尋ねると、「私は普通でした。特に悪い扱いを受けたわけでもなく、良かったわけでもない」と話した。
2人殺害発覚の直前、大口病院では、看護師の服が何者かに引き裂かれたり、飲料に漂白剤のようなものが混入され、知らずに飲んだ看護師の口がただれたりするという“事件”が起きている。真相はいまも闇に包まれたままだ。
久保木容疑者は「そういったことがあったときに、病院や警察がすぐに動いていれば、その後の事件(殺人)も起こらなかったのではないか」と話したが、その真意は分からない。
■報道内容に動揺
12月上旬の平日午後7時半すぎに呼び鈴を鳴らすと、応答があった。しかし「なにも話すことはありません」とだけ話し、通話が切れた。再び呼び鈴を鳴らすと、「元気です。仕事は見つかっていません」。再び通話が切れた。以前よりも、報道に対する警戒感を強めているようだった。
県警は報道各社が久保木容疑者を追い詰めることにより、自殺されることを強く懸念していたという。
ただ、久保木容疑者は、疑いの目が向けられていることを自覚し、度重なる報道各社の訪問や警察からの任意聴取を受けながらも、逮捕までの約2年近く、同じ部屋に住み続けていた。
一方、捜査関係者によると、久保木容疑者は逮捕後も、報道各社の記事などを見ては悲嘆や動揺する様子を見せているという。
「史上最多の殺人」「サイコパス」「殺害に快楽を覚えていたのだろう」「これは殺人鬼の顔だ」…インターネット上では、久保木容疑者の記事や顔写真が転載され、不特定多数の人が思い思いに「久保木像」を作りあげている。
しかし、それらの指摘は果たして、久保木愛弓という人物をどこまで的確に示せているのか。裁判ではどんな事実が明らかになるのか。注目が集まっている。(横浜総局 外崎晃彦)
引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180731-00000555-san-soci
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