護送中に亡くなった男性容疑者(当時66)の遺族が、約6000万円の損害賠償を求め、裁判を起こしたという佐賀県のニュースに対し、ネットで「ごね得」「罪を償ったと思え」などの遺族バッシングが起きている。
報道によると、男性は傷害容疑で逮捕されたあと、殺人未遂容疑で鑑定留置されていた。2017年8月、佐賀地検への移動中、乗っていた護送車と大型トレーラーの正面衝突により、頸椎(けいつい)骨折などで亡くなった。
事故の原因は、警察職員の居眠り運転。佐賀県は、トレーラーを所有する運送会社に約520万円を支払ったが、遺族には賠償金を払っておらず、男性の弟・妹・姉が6月22日付で、佐賀地裁に県を訴えた。
このことを報じた7月21日付の佐賀新聞LiVEの記事が、Yahoo!ニューストピックスになり、遺族批判を中心に2000件を超えるコメントが集まった。
亡くなったのが「容疑者」だからといって、賠償がないことは許されるのだろうか。裁判のポイントについて、猪野亨弁護士に聞いた。
なお、佐賀県警によると、「賠償金を払うつもりがない」ということではなく、保険会社の弁護士とも相談しながら、遺族と交渉を続けていたとのことだった。
●有罪判決が確定するまでは「無罪推定」が原則
ーーネットでは「罪を償ったと思うしかない」「そもそも犯罪をしなければ巻き込まれなかった」というコメントが見られました。
罪を償えというのですが、被疑者(容疑者)は、捜査段階であり有罪判決が確定しているわけではありません。
しかも鑑定留置ということは責任能力がなかった可能性を示す状況があったということですから、なおさらのこと無罪推定の原則からいえば、「犯人」と決めつけた上でのコメントには問題があります。
コメントの中には外形的事実として「加害行為があった」ことを前提にしているものもあると思われますが、仮に有罪判決が確定していたとしても、だから県側が賠償責任を負わないという理由にはなり得ません。その意味ではいずれにしても賠償責任を負わないとすることには問題があるわけです。
●請求金額6000万円をどう考えるか?
ーー「お金が欲しいってはっきり言えば?」というコメントもありました。
責任を認めさせるということは、今の法体系のもとでは金銭賠償しかありません。それを批判するなら、そもそも遺族には請求を認めないという制度にしなければいけません。
遺族を批判する人には、「遺族は『厄介払いができた』くらいにしか思っていないんだろう」という前提があるのかもしれません。しかし、そのような発想は後述するように人に価値をつけるようなものです。
ーー6000万円という金額はどう考えるべきでしょう?
6000万円については、1人の死亡慰謝料が2000~3000万円であることを考えると高額と言えそうです。通常は、逸失利益なども合わせて請求することになりますが、被害者の年齢が66歳なので、そんなにないと考えられます。
この金額がどこから来ているのか。報道からは請求の内訳が示されていないので、以下は推測です。
被害者には精神疾患があり、そもそも逸失利益がなく、「問題提起」としての金額であることが考えられます。障害年金受給者であれば基礎収入として算定されます。しかし、それがなければ稼動できないから逸失利益なしで良いのかという論点がありえます。
人は利益を生み出さなければ価値がないのか、ということを正面から問うた訴訟が2017年2月に起こされています。重度の知的障害がある少年が死亡した事故でしたが、遺族は逸失利益ゼロに納得できず、提訴しています。
・重度知的障害者の事故死「逸失利益ゼロ」提示…命の価値、どう考えるべきか?(弁護士ドットコム)
https://www.bengo4.com/c_1018/n_5761/
人の命に差はないということであれば、こうした請求の仕方も拝聴に値すると思います。いずれにしても、残念ながら裁判で全額が認められる可能性は低いですが、そのことは遺族側も承知しているはずです。
●「被害者に補償したのかよ」という意見について
ーー「殺人未遂の被害者にお金を払ったのか?」という意見もありました。被害者にわたるであろう金額より、請求金額が大きいことを問題視しているようです。
仮に、今回死亡した被疑者に責任能力がなく、刑事上の責任は問われなかったとしても、民事責任を負う場合はあります。
逸失利益であれば、相続という構成を取ることになります。同時に賠償義務も相続することになりますから、遺族が被害者にお金を払わないとならない可能性があります。
そもそも、民事賠償をしていないとしても遺族が請求できないということにはなりません。
いずれにせよ、賠償金が得られた後の清算の問題は残るとしても、遺族が請求できないということにはなりません。
●加害者家族に対するバッシング
ーー加害者の家族に対するバッシングをどう考えたら良いのでしょうか。たとえば、殺人事件などの場合、家族が自殺してしまうこともあります。
今回のケースに限らず、加害者の親族というだけでバッシングを受けることもあります。その人の責任ではないことでバッシングを受けることは本来、あってはならないことです。
補償が受けられないことの是非について、司法の判断を仰ぐのは憲法で裁判を受ける権利として保障されたものです。
加害者が死亡したような場合には、民事賠償などは遺族が代わって行動を起こすほかありません。訴訟によって、加害者遺族が置かれた状況を変えていくきっかけにもなりますし、未決勾留されている被疑者の地位も含め、加害者の遺族が提訴したのは当然のことでした。
ーー今回のコメント欄の炎上は、よくある誤解と言えるのでしょうか?
そうだと思います。裁判で有罪判決が出る前は、あくまでも無罪推定がされること。遺族が慰謝料を請求するのは正当な権利であること。当事者ではないのに家族に対して、事件の責任を追及するのは筋違いと言っても良いものです。
【取材協力弁護士】
猪野 亨(いの・とおる)弁護士
今時の司法「改革」、弁護士人口激増、法科大学院制度、裁判員制度のすべてに反対する活動をしている。日々、ブログで政治的な意見を発信している。
事務所名:いの法律事務所
事務所URL:http://www.ac.auone-net.jp/~inolaw/index.htm弁護士ドットコムニュース編集部
引用元: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180811-00008355-bengocom-soci
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