ダルビッシュには同意できない
大船渡高の佐々木朗希投手が岩手大会決勝での登板を回避したことが、物議を醸した。私に言わせれば(國保陽平)監督は何も分かっていない。
高校野球は甲子園だけではない、そういう意見もあったが、私の考えは違う。甲子園があって初めて高校の野球部というのは存在しているのではないか。
越境入学にしても甲子園に出るためだ。高野連は、それを許している。
ルールで禁じていないのだから、いいじゃないかと。越境入学するなら家族も一緒に引っ越せと言いたい。
越境入学の是非はここでは置いておくとして、夏の甲子園に行くために球児たちは懸命に練習をやっていると、われわれは思っている。
甲子園は夢だ。球児だけではない。選手の親兄弟、地元の夢がかかっている。その夢にあと一歩のところまでたどり着きながらチャンスを手放した。
これ以上投げさせたら故障するかもしれない? 故障というのは、投げ方が悪いか、登板過多でアフターケアができていない場合に生じる。投げ方が悪かったら160キロなど投げられない。
実際に投げさせてみて、「監督、少しおかしいのですが」と言ってマウンドを降りれば誰も文句は言わなかった。
百歩譲って事を穏便に済ませようとすれば、「校長、野球部長、本人と話し合ったところ、本人は出たいと思っているのですが、状態が悪いので休ませました」と表向き発表すればよかった。
そこを佐々木に「投げたい気持ちはもちろんあった。そこも監督の判断」と大人の発言をさせてしまうのは、間違っている。
引用元: https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190809-00000004-baseballo-base
ネットの反応
広岡さんの指導の今回の考えの
もと、多くの選手が散っていった
ことも忘れないで欲しい。
監督の戦略ミスでしょ。人としてとか、教育者としてとかは、別問題。
三流監督の決断を美談化して英断にすり替えて語る無知な人間が多いが、今回の件は予選の試合で194球も投げさせて、数日前にマスコミから大ヒンシュクと批判を買ってバッシングを受けた経験の浅い指導者が、またマスコミに叩かれるとビビッて独断専行で決めただけ。
「この3年間の中で一番故障する可能性が高いと思った」からだと説明したが、お笑い種である。この監督は選手の体など一切気にしていない。だから194球とか、体の出来上がったプロでもやらないようなことを平気でやらせた。
ありえない球数だ。決勝には県内最強の花巻東が上がってくるのは確実視されていた。
佐々木でなければ滅多打ちは必至だったし事実そうなった。であれば逆算して日程組むのが監督の仕事。この監督に物事を冷静に判断する力など端からない。佐々木と部員が自己判断してOKなら投げればよかった。稚拙で自己保身の監督に夢を奪われた部員たちはさぞ悔しかっただろう。
おじいちゃん評論家を記事にするのって絶対炎上狙いのネタだよな。
靭帯損傷や断裂を経験した選手や球児の身になってネタにして欲しい。
本当に投げたかったなら監督に直訴すると思いますが…
正直チーム全体の力量を考えた時にさすがに1人の力だけで甲子園とかマンガの世界なのである程度割り切ってると思います。
甲子園を目指して努力と練習を重ねあと一歩の決勝でチームの大黒柱のエースをケガをさせてはいけないと故障でもないのに登板回避させた若輩監督の決断は間違っている。
本人の意思の話はあまり出て来ないけど、かなり大事じゃないかな?「ケガが心配だから投げさせたくはないと思っている。どうしたい?」と聞いて「少しでも良いから投げたい」なのか「わかりました、投げません」なのか。
正解が無いならせめて悔いの無い選択をさせてあげたかった。
1つだけ言えることはは外野が騒ぐ事じゃない。そのチームの監督が決めた事なんだから周りが騒ぐ事じゃない。それになんかあるなら解任なり辞任なりあるはず、周り、メディアが騒ぎすぎ。
少しは本人達の事も気にかけて、そっとしておいたらいい。
個人的には正しい理論だと思う。
将来のことももちろん大事だが、それを恐れて今を懸命に生きなければ後悔しか残らない。
先のことは誰も分からないし、もし明日死んだどうするんだ。
人生の苦楽をよく知る賢人と中途段階の若者の考え方の違いだね。
ダルビッシュってかなりのバカだよな。
老害はマジで黙っとけや。登板回避で怪我の確率が下がるんだからそれでいいだろう。100%てのはありえない
身体的負担よりも甲子園出場が全てという考えは納得できないですね
物事の本質を見るのであれば、100パーセントの白黒の付く話じゃないというのは、わかる話だと思うのですが・・
さすがは廣岡達朗、期待に外れない馬鹿発言だ。
しかし、廣岡老人の発言は置いといて、
この問題については3つの意見があると思う。
まずひとつめはそもそも登板制限や球数制限などもってのほか。監督はエースと心中しろ、チームのために限界を超えられてこそのエースだ。
という自己犠牲を礼賛する根性論。
2つめは
決勝の登板回避は正しい。監督良くやった。
というシンプルな采配肯定派。
3つめは
故障にリスクの高い状況で投げさせるべきではないことは前提とした上で、監督はエース佐々木の登板間隔や球数、ほかの投手の実戦調整など、予選通じての運用に問題があったんじゃないか?
そのツケがエースの決勝全休、大敗になったのでは?という監督のマネジメントについての批判。
自分の意見はこの3つめだ。
馬鹿げた根性論や軍隊式の強制が通用しないこのご時世、監督に求められるマネジメント能力も高度化していると思う。
佐々木は高校日本代表に選ぶべきではないやろ。
甲子園でたチームから選ばないとあかんわ。
体が出来てないのやから、奥川ら甲子園組よりはまだまだ下じゃないかな。 将来性はわからないが現時点では甲子園に出たとこから選ぶべきやわ。
結局はさ。監督が佐々木くんを特別扱いして たんだよ。だから、柴田くんはあれだけ失点しても投げていたんだよ。それに、ベンチ登録を15~18人にしたのに投手を育てない指導者にも問題があるんだよ。
もう飽きた
そっとしておいてあげなよ
別のこの人個人の意見なだけであって気にすることない。
こんな個々の意見がニュースに並ぶほど平和ってことだよな。
外野がどうこうと騒ぐ問題ではない。あるチームのあるピッチャーが決勝で投げなかった。だけの話。
で、決勝で勝てなかったのは、チームとか当事者たちがどう思うかの問題。
私は廣岡さんに賛成です。甲子園目指して二年半努力して最後の最後にエースが出ないで甲子園に行けないなんて、他の部員がかわいそう。綺麗事ぬきに甲子園に行きたかったと思う。
廣岡さん自分で言っちゃってんじゃん。
故障するのは投げ方が悪いか登板過多だって。
登板過多になるから登板させなかったんだろ??
そりゃ有名人がこぞって公に、
なんで投げさせなかったんだよなんて言うわけないだろ。
本音では、
普通投げさせるだろって絶対思ってる。
当事者だったらあと一勝で甲子園なのに投げさせてもらえなかったら悔しくて悔しくて何の為に野球やってたのかわからなくなくと思う。
大会の戦い方について、部員全員と監督でミーティングで決めれば良いと思う。エースに託すのか、無理は避けるのか。全員が納得するのは難しいと思う。
結論が出るとは限らないけど、選手がどう考えているのか、監督が理解した上で判断されたのなら、ある程度は納得出来ると思う。
プロになってから批判はすれば良いでしょ
彼は日本の野球界の宝になるかもしれないし
終わったこと。
佐々木のプロでの活躍に期待したい。
ドラフトが楽しみ。
みんな結果論でしか話さないよね
故障の可能性があったから投げさせなかった
それだけの話だ
投げてたら勝ってたかもしれないもタラレバの話だしそんな事は議論する価値もない
みんなの夢の為に故障させるリスクを追うのか?
それはみんなの夢の為に1人を犠牲にするかもしれないという事だ
決勝投げさせないなら他のところで休ませれば良かったと言うのも結果論だ。
休ませてたら勝ててたのか?
投げたから決勝に行けたという見方が何故できない?
ピッチャーの層が薄く代わりがいなかった。
だから負けた。
そういう事だ
決勝に投げさせるためにはどうするかの逆算はできたよね。
花巻東とあたることがおおよそ確定している岩手なら。
まー仕方ない。
結局、日米での球数制限の意味合いの違いってなによ?なにが違うか言わなければ全く無意味な論だわ。それこそスポーツ科学や医学、生理学が発達した令和の時代に根性で怪我は治る!
根性があれば怪我はしないとか言って育てるのはやめた方がいい。それに越境入学なんて野球のための制度でない。それどころかスポーツだけでもない。
たしかに言葉を超えたやりとりがスポーツにはあるよな。力の限りを尽くして戦った去年甲子園の決勝終わった後の吉田と柿木のやりとり『土は取り尽くしたぞ』『さすがやな』ここまで頑張ったとかそうゆう我執の念が一切ない清々しさにかっこいいと思った。
「監督、少しおかしいのですが」と言ってマウンドを降りれば?
そんなことあり得ないでしょ。甲子園球児なんだから。いまだに根性論で育てられいる球児に対し、仮定だけは現代的になっていますが、そもそも昭和世代は、世の中が変わっていることに気づいていないのです。自覚しよう。