【軍事の展望台】南シナ海は日本にとって死活的海域ではない
海上自衛隊は9月、南シナ海にヘリコプター空母「かが」(満載2万6000トン)、潜水艦「くろしお」(潜航時3560トン)、護衛艦「いなづま」(満載6300トン)、「すずつき」(同5050トン)を出動させ、
9月13日横須賀を母港とする米原子力空母「ドナルド・レーガン」(10万6000トン)を中心とする米艦隊と対潜水艦戦訓練を行った。
南シナ海の支配を固めようとする中国と、それを許さない米国の対立が高まりつつある中、海上自衛隊が米海軍と共に、中国に対して戦力を誇示するのは「専守防衛」の衣を脱ぎ捨てる行為だ。
四方八方に「貿易戦争」を仕掛け、自由貿易を否定する米トランプ政権に対し、日中が協力して対策を練る必要が生じたこの時期に、中国に対し刺激的な演習を行うのは愚策、と考えざるをえない。
「南シナ海は日本にとり死活的に重要な海域だから」と村川豊海上幕僚長は記者会見で述べた。だが、それは米国、特に海軍、が海上自衛隊を有能な助手として、南シナ海に引き込むための宣伝を鵜呑みにした説だ。
中東方面から日本に向かうタンカーは必ずしも南シナ海を通る必要はなく、インドネシアのロンボク海峡を抜け、フィリピン東方を北上すれば原油輸入に差支えはない。それで増える運賃はリットル当たり20銭程度にすぎないのだ。
ロンボク海峡はインドネシアのバリ島の東、ロンボク島との間の海峡だ。幅約20キロ、水深は250mもあり、巨大タンカーが悠々と通航できる。
そこからボルネオ島の東岸沖を通り、セレベス海を抜けてフィリピンの東の太平洋を一路北上すれば日本に着く。
現在インド洋から日本、中国などに向かう船の多くはマレー半島とインドネシアのスマトラ島の間のマラッカ海峡を通るが、その南端のシンガポール海峡は世界一の難所だ。
航路を示すブイの間は1350メートルしかなく、水深は干潮時には23メートル。30万キロリットルを積む巨大タンカーは、ここを通れるように喫水21・5メートルで設計してあるが、
船底と海底の隙間は1・5メートルしかなく、少し操船を誤ると座礁や衝突が起きる。スコールに遭えば視程はゼロ、陸地の野焼きの煙がかかることも多い。
マラッカ海峡を通る船は中国、東南アジアの経済発展の結果、近年急増し、昨年で年間9万4000隻、2020年には14万隻余と見込まれる。昨年8月21日には米駆逐艦「J・S・マケイン」(8300トン、
8月25日死去したマケイン上院議員の父親の提督にちなむ)がシンガポール沖でリベリア船籍のタンカーと衝突、乗員10名が死亡した。商船とちがい人手が多く、見張りも十分のはずの軍艦ですらこうなのだ。
また商船はマラッカ海峡では速度を落とし、12ノット以下の低速で航行するため、海賊が小船を横付けして乗り込む事件も頻発してきた。
▼ロンボク海峡の方が安全
1970年代から旧運輸省海運局は安全なロンボク海峡回りを船会社に勧め、この海峡での航路標識の設置援助も行った。
当時ロンボク海峡経由だと、マラッカ海峡ルートに比べ1リットル当たり僅か7銭の運賃増でしかない、と海運局は言っていた。
それでも船会社は他社、他国との競争上、少しでも安い方を選ぶからマラッカ海峡を通りがちで、路地にタンクローリーが殺到するような形だ。いつか大事故が起き、シンガポール海峡を通れない状況となる可能性は高い。
マラッカ海峡から南シナ海を通る航路にくらべ、ロンボク海峡回りだと距離は約1700キロ長くなり、大型タンカーの一般的な経済速力15ノットだと3日弱航程が伸びる。
政府は2014年6月3日、浜田和幸参議院議員の質問主意書に対し「ロンボク回りだとマラッカ海峡経由にくらべ費用の増加は、
燃料費、雇船費を一日当たり1000万円と仮定すると約3000万円となる」と答えた。だがこれは片道で、実際にはその倍の約6000万円だろう。
だが標準的な25万トン積み大型タンカー(原油は水より軽く30万キロリットルを積載)だと3億リットルを運ぶから、6000万円は1リットル当たり20銭の増となる。
ガソリン価格が1リットル150 円以上であるのと比べ微々たる差だ。海上輸送のコストは極めて低く、タンクローリーと比べるとトン・キロ当たりの運賃はほぼ1000分の1。海上での1千キロの迂回は陸上での1キロの迂回と同程度だ。
国全体で考えても、日本の中東からの原油輸入が(2016年)1億6800万キロリットルだから、海上運賃がキロリットル当り200円高となっても、336億円にすぎない。
日本の石油類輸入額6兆6000億円の0.5%だ。ちなみに昨年訪日した中国人735万人が日本で消費した額は1兆6947億円、1人約28万円だった。南シナ海で仮に紛争が起こり、商船がロンボク回りをしても、中国人観光客が12万人(1.6%)減るのと同等だ。
ペルシア湾と日本間のタンカーの航海日数が現在では往復約45日のところ、51日になり13%伸びれば必要な隻数がそれだけ増え、需用の増大で傭船料が高騰することも考えうる。
他方、米中の紛争となれば、最大の石油輸入国である中国向けの原油輸送は激減し、船腹が余って傭船料が暴落することを海運界は恐れる。傭船料は極端に上下するから予測は困難で、プラスとマイナス両方の要因があるから、打消し合う要素として脇におくしかない。
引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181003-00010003-socra-pol
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