沖縄県の翁長雄志知事がすい臓がんで亡くなった。67歳だった。生前、「ピエロになって」でも、伝えようとしたこととは何だったのか。【BuzzFeed Japan / 籏智広太】
翁長知事は、2014年の知事選で「普天間基地の県内移設」に反対を訴え、対抗馬に10万票以上の差をつけて圧勝。
就任以来4年ちかく、政府との話し合いや国を相手取った裁判など、あらゆる手段で県内移設をやめるよう働きかけてきた。
7月27日には、仲井眞弘多・前知事による名護市・辺野古沖の埋め立て承認を撤回すると表明したばかりだった。
翁長知事は2017年末、BuzzFeed Newsの単独取材に応じていた。以下、インタビューで語ったことを改めて掲載する。
安倍首相を見つめて考えていたこと
2017年6月23日、本島南部の「平和祈念公園」で開かれた沖縄戦没者追悼式。献花に向かう安倍晋三首相と、その様子を見つめる翁長雄志知事をうつした写真が話題を呼んだ。その時、翁長知事は何を考えていたのか。
「じっと安倍さんのことを見ながら、沖縄戦で亡くなった人たちのこと、将来の沖縄の子や孫のことを考えていたんですよ。このままではいかんな、と。私からすると、安倍さんを見る目は厳しいものにならざるを得ないのです」
「政府と話し合いを続けても、どうにも相容れない。沖縄の現状に同情の言葉もなく、ただただ基地問題について『粛々と解決していく』と言うばかり。その人が、平和祈念公園にきて、また同じようなことを言っていたのですから。厳しい目で見ざるを得なかった」
翁長知事は、こうも指摘していた。
「安倍政権は『戦後レジームからの脱却』『日本を取り戻す』というが、現実的にはアメリカの傘の中で生きていく道を選んでいる。むしろ『戦後レジームの完成』を目指しているのではないでしょうか」
「抗議しても何も変わらない」
沖縄には、いまでも全国にある米軍基地のうち、70.6%(面積比)が集中している。県内人口の9割が集まる本島は、約15%が米軍基地で占められているほどだ。基地の返還は少しずつ進んでいる。しかし、米軍をめぐる事件事故は相次いでいるままだ。翁長知事はこうも憤っていた。
「何百回も抗議している。繰り返しても、世の中が何も変わっていない。もう米軍を良き隣人とは呼べない。いまの状況は知事として、受け入れられるものではありません」
トラブルのたび、翁長知事は東京へ行き、日本政府や米国大使館に抗議してきた。そのあとには、政府側から必ずのように次の3点が伝えられたという。
・基地負担の軽減
・県民に誠心誠意に寄り添う
・米軍に原因究明と再発防止を訴える
そしてまた、事故が起こる。「負担軽減」「誠心誠意」「再発防止」。儀礼的な虚しい言葉が繰り返される。翁長知事は、嘆息交じりにこうつぶやいた。
「ただただ、虚しさを覚えている。この本土と沖縄の溝はいつまで深く、広いまま縮まらないのか、ということを考えているんです」
引用元: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180808-00010006-bfj-soci
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