小児外科医 松永正訓
新生児科の先生から連絡を受けたのは、定時の小児外科の手術がすべて終わった昼下がりでした。新生児集中治療室(NICU)に赤ちゃんが緊急入院したのですぐに来てほしいと言います。私たちはNICUへ急ぎました。赤ちゃんは、開放型の保育器にうつ伏せに寝かされていました。体重が2000グラムもないことは一目で分かりました。そして背中には脊髄髄膜瘤(りゅう) (二分脊椎)があり、瘤の中に脊髄神経が飛び出ているのが見えました。瘤からは髄液も漏れ出しています。
赤ちゃんの顔色はやや土気色で、唇にチアノーゼがあります。小さく速く、あえぐように呼吸をしています。口元には酸素が吹き流し(酸素マスクを密着させない状態)になっていました。
「二分脊椎ですね」と私の上司が呟(つぶや)きました。
すると新生児科の先生が、困った表情で口を開きました。
「それよりも問題は脳です。水頭症が相当、重度なんです」
そう言ってその先生は、超音波検査の探触子(プローブ)を赤ちゃんの頭に当てました。確かに水頭症です。でも、ただの水頭症ではありません。
頭の中が水に置き換わっているような状態で、大脳は薄く引き伸ばされています。二分脊椎では水頭症を合併することがよくありますが、ここまで重度の水頭症を私は診た経験がありませんでした。
新生児科の先生が話を続けます。
「超音波検査ではこれ以上はっきりしたことは分かりませんが、MRI(磁気共鳴画像)検査をやってみれば、キアリ奇形があるかもしれません」
延髄が背骨の方に引き込まれ、呼吸が止まる危険
キアリ奇形とは、二分脊椎に伴って小脳や延髄が頭蓋内から背骨の方へ引っ張り込まれ、その結果、延髄が圧迫を受けて呼吸などが止まってしまう危険のある状態を言います。現在は、小児脳神経外科の進歩が著しく、キアリ奇形に対しても有効な外科手術が行われるようになっています。しかし、私がこの赤ちゃんに出会った時には、まだまだそうした手術は広まっていませんでした。
「手術の適応はあるんでしょうか?」と、新生児科医が問いかけてきました。
「ちょっと考えさせてください」
私の上司は険しい表情になりました。私たちはいったん、小児外科の会議室へ戻りました。
引用元: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180826-00010000-yomidr-sctch
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