ネットの反応

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100歳を超えて一人暮らしというのは聞いたことがなく、健康であれば可能なんだと感じました。晩年は好きなものを食べて、好きなことをして、やはりストレスを溜めないような生活が良かったのかなと思いました。
自分の知っている最も高齢な方(90代)は、同世代がみな逝ってしまって淋しいよ、とよく言っていましたが、この方もそのような辛い思いもされて来られたのだろうかと思います。実際に年齢を重ねてみないとわからないことというのはいっぱいあるように感じます。
お悔やみの言葉としては、お疲れ様でしたが一番合うのではないかという気がします。
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うちの祖母も今年の5月に100歳になりましたが、まだ一人暮らしです。
80歳になる母が週に1,2回様子は見にっているようですが。
95歳の時に、自分デイサービス先を見つけて契約し週2回通っています。
97歳の時、「年寄りが火を扱うのは危ない」と言って自分でガスを解約しました。
耳は遠くなりましたが、今でも記憶力は抜群です。
100歳超えたら、今日は元気でもいつ何があってもおかしくないとは思いますが、ギネスを目指してほしいです。
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私の祖母も100歳を超えてすぐ亡くなりましたが、90歳くらいの頃からずっと
みんな死んでしまった。夫も友達も兄弟もいない。早くお迎えが来て欲しい。明日こそは、明日こそはお迎えが来ていると信じて寝るのに、普通に目が覚める。
と言ってました。孫やひ孫に囲まれ、同居していたし、美味しくご飯も食べていたし、何がそんなに死にたいんだろうかとすごく切ない悲しい言葉だなと思っていましたが、本人にしかわからない思いがあるんでしょうね。
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医療系施設に勤務しています。
(中身は殆ど高齢者施設)「よく今まで家で生活できたな」と思うような状態の方が、新規でやって来ます。
施設長は、昨日まで自宅で生活していたなら、まあ、大丈夫だろう!という想定で入居をすんなり決定してしまいますが…

いやいや、ちょっと待ってー!って言う方ばかりです。歳を取るのが不安でしかありませんでしたが、ここのコメントを見て癒されました…
ありがとうございます。

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うちのおばあちゃんは102歳で1人暮らし。現役で工業ミシンを使って内職に勤しんでいます。畑仕事もやっています。一日の終わりに日記も書いています。おかげで認知症とは程遠い生活が出来ています。買い物は移動スーパーがやって来ます。時より様子を見に行きますがいつも「大きなお世話だよ」オーラが出ています。流石に耳は遠いですがね。
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うちの104歳の祖父も一人暮らししてますよ。
さすがに火を使う料理はやめて貰って食事だけ届けてますが、トイレもお風呂も着替えも一人でできます。この間、気がついたのですが、メガネを使わずに本やスマホを見てたたので老眼は大丈夫なのかと聞いたら「老眼はまだだね。」と言われました。

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私の祖母は100歳で亡くなりましたが、すごく長寿をまっとうした場合、お葬式でお祝い金みたいなのを配ったりすることもあるんですよね。単純に心臓が100年以上動いていたという事実だけでも感動するのに、いろんな時代を見て生き抜いてきたと思うと、さらに感慨深いですね。

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1世紀以上かぁ…単純にすごいなぁと思います
1911年生まれなら第一次世界大戦や米騒動とか今じゃ教科書の中の話の時に生きてたんだもんなぁ…スゴいなぁ
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いや~なぜかここのコメントいやされる~~~。
100災を感じさせない!(笑)
そんな歳の取り方できたらいいなあ~
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素晴らしい人生
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私46ですがもう老眼鏡ないと見えません
私の方が先輩ですね笑
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ご長寿の方のニュースを見るたびにその要因はやはり持って生まれたDNAと性格、運命かと思う。医療がどれだけ進歩しても全員が100歳を迎える事は不可能で持って生まれた体質が大きく影響すると思う。若くしてバイクや車の事故で亡くなる方もおられるが無茶をせず事故に遭わない、事前にある程度は避けられる性格、身体を健康に維持する性格というのも受け継がれながら、更に人生の中で学んだものではないだろうか。もう一つの大きな要因は戦争、天災、飛行機、船舶事故等発生時の「運」という偶然にかかっているのではないだろうか。
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政治家の中曽根康弘氏が100歳超えて亡くなったけれど、車椅子も利用していた。高齢になると、車椅子を使うようになるだろうと考えていたところ、この方は、一人暮らしができるなんて凄い。ご子息等がしっかりと長生きできる環境をサポートされている事情があるのではないかと思う。メンタル面で安心できると、ストレスは減ると思う。
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長寿そのものを否定するほど私も腐ってないけれど、長寿が幸せとは思わないんですよね。歴史を振り返ると…っていうか、洋の東西を問わず宗教の教えの根幹には、命を大切にするってのがあるよね。それは他人の命だけじゃなくて、自分の命も大切にすることを教えてる。

そうした教えになんで需要が在ったかっていうと、人間は生まれっぱなしだと、他人を殺すのは勿論、自分の命さえ、生きているのが嫌になったら簡単に殺しちゃう存在だったからだと思う。

だけど、今ほど人口に余裕の無い時代では、「嫌になったら直ぐ死んじゃう人」は、支配層には迷惑だった。だから「命を大切に!」って教え始めたって思うんだよね。ようするに人間は、本質的に他人によって生かされてて、邪魔になったら「姥捨て山へ」って言うのは、今も変わらぬ真実だろう。

そう考えると、長生きして大切にされたっていうのは、周囲の人が善良で優しい人達だったんだと思う。

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人生で悩んだときに死ぬときに後悔することっていう本をよく読む。病気などで死期が迫った人に後悔していることを聞くと何親とよく話をしなかったこと。友人と会わなかったこと。人を恨み続けたこと。怒ったり泣いて感情的になったりしたこと。安易に延命治療を受けてしまったこと。自分がやりたい事に挑戦しなかったこと等と言うらしい。若いときは些細な事でも悩んだりするけど、長く生きてると周りを気にせず、自分の生きたい様に生きればいいって心境になるんだね。自分の人生なんだから、自分自身が後悔しないように生きるのが1番!


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