仕事帰りのサラリーマンが集う東京・神田の駅前。ここに一風変わった居酒屋がある。その名は「くろきん 神田総本店」。
何が変わっているかは、ただ入ってみただけでは、わかりづらいかもしれない。卓上ロボット「Sotaくん」がいることで一時話題を集めた。そんな居酒屋だ。
メニューを見てみると、そこにはちょっと珍しい肴が並ぶ。「むつごのパクパク揚げ」や「スルメイカの沖漬け」、これらは他の居酒屋ではなかなか見かけないだろう。実はこれ、三重県尾鷲市須賀利にある小さな漁港で取れた魚を東京まで直送した逸品なのだ。
しかも面白いのが、それらのメニューで使われている海産物はすべて、問屋から仕入れたのではなく、この居酒屋を営む企業、株式会社ゲイトのメンバーが自ら漁に出てとってきたものだということ。つまり、東京で居酒屋チェーンを営む企業が漁業を始めたのだ。
飲食店の低コストと食の安全のバランスが崩れ始めた
話は大きく遡る。ゲイトを営む代表の五月女圭一氏が居酒屋事業を始めたのは、2010年のこと。元々は知り合いが営んでいた居酒屋を引き継いだのがきっかけだった。
「父親が営んでいた不動産業を譲り受けた1999年1月がゲイトの事業のスタート。不動産業はもうかったとしても返済を勘案すると黒字倒産することもあるため、事業転換し、コンサルティング業務などを手掛けていました。居酒屋事業はそのコンサルティング先とやり取りする中で、成り行きで始めたものです」
現在は都内に約10店舗の居酒屋を経営している。しかし、順調に成長してきた居酒屋事業にも変化が訪れた。最初のきっかけとなったのが2011年に発生した東日本大震災だ。店舗自体が直接的な被害を受けたわけではないが、その時期以降、店舗で出している食材の仕入れ額は高騰、しかも質が低下していくのを感じたと五月女氏は語る。
もちろん、これら食材の高騰や変化は震災だけが原因ではない。例えば、海産物は世界的に見ても、乱獲と不漁が問題になっている。
また、中国をはじめとしたアジア諸国の人口増に伴って彼らの食べる量も増え、食料の奪い合いが始まっている。その結果、居酒屋が仕入れられる食材に変化が訪れているのだ。
「ゲイトでは居酒屋全店舗合わせて、食材と酒類の仕入れ額に年間1億円以上かかっています。細かく見ると、食材だけで7500万円ほど、残りはお酒です。これまで食材は飲食店向けの問屋さんに発注して仕入れていたんですが、この価格がどんどん高騰している。同時に品質も低下していきました」
なぜこんなことが起こるのか、五月女氏は懇意にしている問屋とも話し合った。そこで見えてきたのが、生産現場の疲弊と流通の限界だ。仕入れ額が上がっているのに、中間業者はもちろん、産地にもそれは還元されていない。
結果として、農業、漁業、畜産業など一次産業の従事者は稼げないということで減少を始めている。「簡単に好きな食材を注文できる状態はいつか限界がくる」。五月女氏はそう感じた。
「チェーンの居酒屋のメニューを見てみてください。どこの店に行っても〆鯖、ホッケの干物、シシャモが並んでいます。
これは安定して安く仕入れられるから。逆に消えていっているメニューもあります。例えば、定番だったエイヒレは仕入れ価格が高騰しているので、メニューから外した店も多い。いまはメニューの画一化の段階ですが、すでに手に入らない食材も登場していています」
そうした異変に気付き始めたころ、五月女氏は有志を募って実験的に山梨県に畑を借り、店舗で出すための野菜を育てる農業プロジェクトを行なっていた。
このプロジェクトでは安定的な量の野菜を収穫できるまでには至らなかったのだが(別途農家から直接仕入れるルートを構築している)、そのプロジェクトに協力してくれていたメンバーから驚くようなことを聞かされた。それが日本の漁業の危機的な状況だ。
メンバーの知人が山梨県から三重県熊野市に移住して漁師を始めた。そこで日本の漁業の現実を知ったというのだ。とにかく見に来てくれと言われた五月女氏はすぐに三重県に向かった。そこで目の当たりにしたのが、高齢化で衰退していく日本の漁村の姿だった。それは居酒屋の食品の仕入れがどんどん悪くなっていく現実と繋がった。
引用元: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180731-00000029-zdn_mkt-bus_all
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